長雲山 龍泉寺の公式ホームページ 開基 小野寺左京亮友光

お知らせ

今年も注連縄をご寄進いただきました

毎月10日はお稲荷様の日です。本堂のお稲荷さまに諷経し、外の稲荷堂で同様にお経をおあげいたします。 鎮守の神様ですから全員でお参りいたします。本日は1月ということもあり、龍泉寺の先住、智雄大和尚の三人の娘が揃ってのお参り …

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。 昨年中は皆様に大変お世話になりました。どうか本年もよろしくお願いいたします。 12月20日に役員・世話役人の会議と反省会をおこない、その際に大般若経の修復の件がすすめられました。 年末の …

大般若経修復勧進のお知らせ

当山の寺宝の一つであります大般若経の修理・修復につきましてのご報告とご案内を申し上げます。 現在、徐々に破損がすすんでおりますため、数年前より修復作業を進めておりますが、全六百巻の修復には時間がかかります。 この作業を速 …

位牌堂配置図の設置

お盆までに完成させたいと作成いたしておりました「位牌堂配置図」ができあがり設置いたしましたのでお知らせいたします。 位牌堂への渡り廊下の中ほど、太鼓橋を渡ってすぐ右手に掲示いたしました。 各家の位牌壇の氏名の書き換えも同 …

蜂の巣を駆除いたしました

8月7日までに、本堂の向拝や紫雲台裏、墓地など、あわせて4か所の蜂の巣を駆除いたしました。 現在までに発見できたところだけでしかありませんので、万が一その他の場所で蜂の巣を見つけたりした場合はおしらせください。

提灯志納のおしらせ

平成29年より龍泉寺のお盆では、奉納の提灯を掲げて祖霊をお迎え・お送りしております。 提灯の在庫がなくなりましてからもご要望がございましたので、あらたに50個を追加で製作いたしました。お盆に入りましてからですと、その日に …

本山参拝のおしらせ

春に世話役さんを通してお知らせいたしておりました「本山参拝」について再度おしらせいたします。 本年10月22日から24日までの間、雄物川町蔵伝寺さまと合同で永平寺へ参拝いたします。申し込みの期限がございますので、ご希望の …

Blog

お地蔵さまの赤い前掛けと頭巾

龍泉寺参道にはお地蔵さまが並んで立っていらっしゃいます。 お地蔵さまを「濁世の導師地蔵願王菩薩」とお唱えもうしあげます。お釈迦様が入滅するにあたり、弥勒菩薩さまが下生するまでの56億7千万年の間、六道の衆生を教化するよう …

終い地蔵

昨年の12月24日、ブログを一つアップしたもののなんだか消化不良を起こしているような感覚でしたが、それは「地蔵講」の記事をあげていないせいだと気づきました。 2012年、平成24年。東日本大震災の翌年でありますから、わた …

みんなどこに行ったのでしょうか

年がら年中、スズメにカラス、ときどきハト。春にはウグイス。カモ。とくにカモ。つがいに親子。 ムクドリ、ヒヨドリ、セキレイ、たまにカップルのハト。 まれにキツツキ。 お寺の柱は堅いのでよく音が響きます。ちょっと困りますよ。 …

本日は托鉢

秋田県6・16教区の有志による托鉢行が、本日11日に雄物川町で行われ、明日12日には十文字町にて行われます。 本日は雄物川町の東泉寺さまを15:30分に出発し、およそ18:00くらいまでの間、町の中心部を歩きました。今年 …

日本の礼法を学びたい

かねてより日本の礼法を学びたいと思い、礼法に関する書籍や資料を求めては目を通してはみるもののなかなか追いつきません。 一口に礼法と申しましても、挨拶からもののやりとり、歩行、食事といった日常のあらゆる事柄、さらには季節の …

久しぶりの雪

雪が降ってきたといいましても、今年最初というわけではないのに、こうも一度に降ってきますと冬をしみじみと実感いたします。 夕方、お逮夜のお経をあげて帰ってきましたら、駐車場で寺族さんが転びそうになりながら雪かきをしておりま …

イタチ和尚のおはなし

龍泉寺には、イタチが生まれ変わった和尚さんの昔話があります。『羽後浅舞町近傍見聞書』にその記載があります。 いたぢ和尚(いたぢおしょう) いたち和尚 『秋田県曹洞宗寺伝大要』によれば、イタチ和尚を見出したのは龍泉寺15世 …

龍泉寺開創

 龍泉寺開創  永禄年間
(1558~1570)
 御 開 山  増田町
満福寺3世梅翁正倫大和尚
 開  基   浅舞城主 小野寺左京亮友光
(龍泉院殿即山清心大居士)

寺伝に、永禄年間(1558~1570)、浅舞城築城にあたり、浄土宗の草庵を移して菩提寺となしたと伝えられている。但し、ご開山梅翁正倫大和尚は、文亀元年(1501)年に遷化していることと、二世の梅室壽泉大和尚がそれより先の康正2年(1456)に遷化していることから、勧請開山と考えるのが自然ではないかと思われる。同時期に同じく梅翁正倫大和尚によって創建された沼館蔵伝寺は文亀元年、または永正年間(1504~1521)の創建と伝えられている。

寺伝によれば、当山の歴代住職は次の通りである。
ただし、火災による焼失により記録が失われて確認できない点が多くあるのは、甚だ残念である。

当寺開山 梅翁正倫大和尚  文亀元年 6月17日(1501)
二世   梅室壽泉大和尚  康正 2年 4月23日(1456)
三世   天室祖貞大和尚          13日
四世   弘印天譽大和尚          30日
五世   峰室禅察大和尚           3日
六世   澤山智勝大和尚          16日
七世   将山源良大和尚          18日
八世   國洲大雪大和尚          24日
九世   欣峰智悦大和尚          15日
十世   超外玄紋大和尚          28日
十一世  大圓愚鑑大和尚          13日
十二世  夢宅古流大和尚           5日
十三世  南叟良天大和尚          13日
十四世  寶林崇泉大和尚           5日
十五世  少流觀印大和尚  宝暦 5年 1月 3日(1755)
十六世  本形觀極大和尚  寛延元年 6月 5日(1748)
十七世  洞嶽良仙大和尚  明和 7年 3月17日(1770)
十八世  奎嶽極光大和尚  天明 2年 2月19日(1782)
十九世  桂岩白程大和尚  天明 2年12月21日(1782)
二十世  卍外寛充大和尚  寛政 2年10月 3日(1790)
二十一世 辯中觀明大和尚  文化10年10月21日(1813又は文化元年1804)
本堂再建
二十二世 智徳大賢大和尚  文化14年 8月17日(1817)
二十三世 普禅大説大和尚  文政 3年 1月 7日(1820)
二十四世 禅橋大攦大和尚  不明
二十五世 玉潭見苗大和尚  天保 8年 5月11日(1837)
二十六世 大廣見秀大和尚  嘉永 3年 3月13日(1850)
二十七世 祖田秀英大和尚  明治 7年12月20日(1874)
二十八世 清岳智童大和尚  明治21年11月15日(1888)
二十九世 養山育祐大和尚  大正 4年12月12日(1915)
三十世  宙外育山大和尚  昭和33年 4月28日(1958)
三十一世 大業智雄大和尚  平成18年11月21日(2006)

また菅江真澄によれば(秋田叢書第六巻『雪出羽道「平鹿郡八淺舞村〇曹洞宗龍泉寺」』)次のように記載されている。

当寺開山 梅翁正倫大和尚  文亀元年 6月17日(1501)
二世   梅室壽泉大和尚        23日
三世   天室祖貞大和尚          13日
四世   弘印天譽大和尚          30日
五世   峯室禅察大和尚           3日
六世   澤山智勝大和尚          16日
七世   将山源良大和尚          18日
八世   國洲大雪大和尚          24日
九世   欣峯知悦大和尚          15日
十世   超外玄紋大和尚          28日
十一世  大月智鑑大和尚           13日
十二世  夢宅古流大和尚                       5日
十三世  南叟良天大和尚                     21日
十四世  寶林崇泉大和尚                       5日
十五世  少流觀印大和尚  宝暦 5年 1月 3日(1755)
十六世  本形觀極大和尚  寛延元年 6月 5日(1748)
十七世  洞嶽良仙大和尚  明和 7年 3月17日(1770)
十八世  奎嶽極光大和尚  天明 2年 2月19日(1782)
十九世  桂岩白程大和尚  天明 2年12月21日(1782)
二十世  滿外寛充大和尚  寛政 2年10月 3日(1790)
二十一世 辯中寛明大和尚  文化10年10月26日(1813)
二十二世 智徳大賢大和尚  文化14年 8月17日(1817)
二十三世 普禅大説大和尚  文政 3年 1月 7日(1820)
二十四世 禅橋大攦大和尚  不明

開基 小野寺友光公について

小野寺友光墓所

小野寺友光墓所案内

最後の浅舞城主(小野寺左京亮友光 天正18年:1590年 9月29日没)天正18年(1590)年、太閤検地の横暴な仕方に反発して起こった仙北一揆の責めを負い、自害したともまた戦死ともきく。しかしながら、一揆は9月下旬に起きたとあるうえ、一揆収束を10月半ばとみれば(上杉景勝の感状に、10月14日「千五百余成敗、悉追払得」との記載もある。)没年月日が一揆収束以前であるため、あるいは伝聞の誤りも考えられる。

さて、友光公がいつどのような次第でなくなったのかであるが‥

下総鮭延寺縁起という資料があるらしく、その示すところでは天正18年3月に、朝舞(浅舞)にて上杉景勝の士と鮭延秀綱の従者の間に諍いがあり、朝舞の郷民が上杉に与力したとある。

小野寺氏の客将であった鮭延氏が背いたのが天正9年であるとすれば、それによって最上の侵攻を招いたものとして、鮭延氏が浅舞衆に反感を持たれたのも頷けるし、のちの関ケ原で上杉方についた小野寺氏を鮭延氏が攻める展開になったのも、あるいはこの事件が伏線になっていたのかもしれない。この事件の結末として郷民数名が責めを負うこととなったが、浅舞城主が罰せられたとの記載はないようである。

また、菅江真澄による「友光塚」の由来を記した一節によれば、天正15、6年ころ、淀君のいいつけで巡検使がめぐりきた。が、権威に傲りあまりに横暴であるため、これをきいた友光は大いに怒り、密かにこれを討とうとしたという。結果、3000ほどの軍に浅舞を囲まれ、川を下って逃れようとしたが※1、討手もあり、新平川の小中島という処にあがり自害したとある。友光が巡検使を討とうとしたのは天正17年、自害は天正18年のことであるという。

秀吉の奥州仕置きが天正18年7月以降であることから、菅江真澄の記述もあいまいであり決定的なものではない。しかし、のちの最上勢との戦いぶりでは、浅舞の軍勢になみなみならぬ敵愾心が感じられる。上記の何が原因であるにせよ、城主の無念を晴らすべく、というのはもちろん想像に過ぎないのではあるが。

なお、前述の菅江真澄の記述により、友光の妻は馬鞍城主関口能登守の娘、友光の娘は柳田治兵衛尉の妻とある。また別の記述で小野寺義道の子とされる。一説に小野寺光道と同一視されることもあるが、小野寺光道には、「光高道盛信士」という戒名があるため、別人と考えるのが自然であろうと思われる。また、小野寺氏の嫡流また庶流も含めて、名には「道」の字がつけられることがほとんどであるため、この点からも、義道の子だとすることに疑問が残る。あるいは、輝道の弟である光朋の系図に属することも考えられるし、浅舞の土豪が小野寺氏の一族化したか、あるいは小野寺氏が浅舞氏に入ったのか、資料の少ないことが残念である。郷土史に造詣の深い方々の教えを乞うものである。

本堂須弥壇には座像が祀られている。また、墓所は市の指定文化財となっている。

※1 浅舞は地下水が豊富な地域であり、『浅舞郷土史第六巻』に付録されている「浅舞城概略図」をみれば浅舞城は大宮川に囲まれた水城であったようである。(詳細は『浅舞郷土史第九巻』に記載あり)その造りは城や要塞というよりは優雅な館のようにもみえる。水に浮かぶそれゆえ包囲された状態から逃げることができたのであろう。

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終い地蔵

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本日は托鉢

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