つい先日のことですが、年回のご供養にいらした檀家さんとのお話の中で「ご供養を通して亡くなられた方によいご縁を紡いでゆくのですよ」ということを申し上げましたところ「孟母三遷ですね」とお応えになられた方がいらっしゃいました。あぁ、それそれ。敢えて口にはしなかったものの、そうですよねぇと心中でつぶやいたことでありました。

禅籍を繙くにあたって、四書五経もやはり大前提となる欠かせない知識のようです。
四書五経とは「論語」「大学」「中庸」「孟子」の四書と「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」の五経をいいます。たとえば中国に仏典をもたらし訳経につとめた鳩摩羅什の弟子である僧肇は、これらの知識に通暁しており『肇論』や『宝蔵論』などを記しております。僧肇は禅にとっても重要な人物であり、これらの人々を避けて通るわけにはいきません。四経五書もまた避けては通れないわけです。

また、『春秋』は孔子の手になるとされる年表のような歴史書ですが、単に読み物としてもいろいろなことを学べるし、様々な情報を読み取ることができるものです。例えば人名。魯の恵公、桓公、煬公などという名がでてきますが、もちろん本名ではなく「恵」「桓」「煬」は諡号です。
『逸周書謚法解』によれば「恵」は「柔質受課曰恵」。穏やかな性格で諫言を受け入れる度量のある人を「恵」としています。「桓」は「辟土服遠曰桓」ですから四方を平らげ征したことわかります。「煬」は「去禮遠衆曰煬」なので己を律する礼もなく、民を大切にしなかったことが読み取れる、といった具合。だからこそ孔子が歴史を通して礼を説いたものでありましょう。
日本でも初代の神武天皇から44代元正天皇までの全天皇には漢風の諡号が贈られております。これを撰した淡海三船という方は優秀な文人であり僧侶でもありました。漢籍に通じていたことがよくわかります。

 

 

と、ここまでの話はさておき。
「古典にならう」とはずいぶんと大仰な題名だなぁとわれながら思うのですが・・・

 

中学1年の時、町の古本屋で白文の『史記』を手にしましたらどうしても欲しくなり、500円で入手。もっとも、古本屋のおやじさんが「中学生でそれを読むのは大変だろうが頑張れ」と大負けにオマケしてくれた価格。当然、なんの素養も修養もなく読めるようなものではなく挫折。ただ、そこから興味を持ち三国志やらなにやら。あとで史記や左氏伝もおもしろく読み通すことができたのは幸いでした。綺羅星のような人物たちがさまざまな行為によって歴史を紡ぎだす様は、興味深くもあり、またこのようでありたいという思いをも育てるものであった気がします。
『秦本記』の百里奚。「百里奚は虞にいて虞亡び、秦にいて秦覇たり」という言葉に感じるところのある方も多いかもしれませんし、『廉頗藺相如列伝』の趙奢。趙奢の子趙括が将軍に任ぜられたときのその母の言には、たとえそうではなくとも心に突き刺さるものがあるかもしれません。わたくしどもは人のその行いから学ぶのであって、古典を学ぶ意義はまさにそこにあるというべきです。

 

個人的には『史記 張釈之馮唐列伝』の馮唐が、魏尚について語り文帝を諫める言葉が好きです。特に最近、こころにおもうことが多いものですから。

「臣愚以陛下法太明、賞太軽、罰太重、・・・由此言之、陛下雖得廉顔李牧、弗能用也(愚かな臣がおもいますには、陛下の法ははなはだはっきりしすぎ、賞ははなはだ軽すぎ、罰ははなはだ重すぎます・・・このことから申せば、たとえ陛下が廉頗や李牧を得たとしても、用いることはできません)」
なんとも辛辣な言葉でありますが、それでもこの言葉を耳にした文帝は、喜んで魏尚を赦免し再び任用したということです。この言葉から、自己の足らざるを知りよろこんで改めるゆえに「文」と諡されるほどの人となったのです。

 

いま。
ネット、SNS、メディアを問わず、言葉尻をとりあげ、重箱の隅をつつくようなことで他人を責め立てるようなことがこうもたびたびあると、やはりいろいろと考えざる得ません。
一見正しいことのようにみえても、本質的に、法によって責めているのでもなければ道理によって責めているのでもない。個人の感情、個人のものの見方によって責めているのです。いわば体のいい憂さ晴らしです。

それでも、もし、その人の言葉に真心と真実があるのなら、諫言はまさに良薬。過ちには、それが法によるのなら法による贖罪の機会があるし、道理によるのなら慙愧が生じます。ところが、責める基準が自分の感情だけとなると話はぜんぜん違ってくるのです。そこには何もない。最近の言い方を使うのなら、ただ「ブーメラン」がとんでくるだけです。「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」(ヨハネによる福音書第8章)と。

 

「古典」ということで、たまたま『史記』をとりあげたわけですが、本朝にも無数の古典が存在します。手に取るものは、たとえば『古今集』でも『名将言行録』でも何でもいい。

もしそれらの古典に幼いころから親しんでいれば。もしそういった物語や優れた人の言行・事績などに親しんでいれば。自らの行為がどのようなものかを過去に照らして振り返ることができようものをと今更口惜しく思うものであります。

古典の素養があれば、自らの行為を過去の事例に当てはめて、道理に適っているのか、人倫に適っているのかを自ら判断するよすがとなります。古典の素養とまでいかなくても、たった一人の事績でもいいのです。誰ということはありません。二宮尊徳の生涯を知れば感銘を受けずにはいられないし、山岡鉄舟という人の生きざま、死にざまには舌を巻かずにはいられない。
さいわい、わたくしどもにはお釈迦さまがおり、道元禅師がおり、宗門内外にすぐれた祖師の事績、行跡があります。わたくしどもは常に学ぶことができ振り返ることができる。そういった意味では、まっさきにわたくしどもが古典なり先人の生きざまなりを学び、広めるべきだったのかもしれません。思えば、前生譚とはそういうものだったのですね。

 

善悪、言動の基準となる価値が見えない。もっと簡単にいえばお手本がみえない。単純に観察すれば、むかしの「道徳」が否定され「多様な価値観」を大切にすることがもてはやされるようになっている。そういう時代に古典を学ぼう、先人に学ぼうというのは無意味でしょうか?わたくしは十分に有意義だと考えるのですが。

近年いうところの「多様な価値観」というものが存在するとして、そのなかで、自分がどのような価値基準のどの立ち位置にいるのかにすら気付くことがないのなら、多様性はむしろ邪魔でしょうし、結局、自分の好き嫌いや感情でのみ判断するのなら、多様であること自体がもはや無意味です。

なによりも「多様な価値観」と言ってみたところで、われわれの持ちうる判断基準は結局のところ大して変わっているわけではないのです。善悪、正義不正義にとって代わるような価値基準が生まれたわけでもなければ、善悪、正義不正義というものがなくなったわけでもありません。
その言葉のうまれた背景を考えれば「多様な価値観」という言葉自体が示すのは「わたしの思い、わたしの考え」ということです。それ自体は悪いことではありません。「わたしの考え」と同様に「あなたの考え」も同価値のものと認めようとしているからです。
ただ、現代のSNSやネットで発せられる言葉やメッセージが他者を攻撃したり傷つけたりする、これらが「俺はただしい」「私のいうこと間違ってる?」という程度の意識で出されているのだとするならば、「多様な価値観」という言葉は、一転して自分勝手の言い訳というだけのものになります。

 

結局のところ、古典に描かれている先人の信念も、つまるところは「多様な価値観」のひとつにすぎないのです。ただ、彼らはその信念を貫くにあたって自分を捨てても行う。その時代の平和や幸せを追求しているからこそ、後世の模範となりうるし、人のこころをうつのです。

ともに生きる人を幸せにするどころか不幸にするような行いを「私の信念」だとか「私の価値観だ」という人はおりますまい。ともにある人と自分がともに正しく幸せであろうとするのならその道をしるべきです。それゆえ自己の言行を先人に倣い学ぶことこそが肝要であると考える次第です。