お地蔵さまの赤い前掛けと頭巾
龍泉寺参道にはお地蔵さまが並んで立っていらっしゃいます。
お地蔵さまを「濁世の導師地蔵願王菩薩」とお唱えもうしあげます。お釈迦様が入滅するにあたり、弥勒菩薩さまが下生するまでの56億7千万年の間、六道の衆生を教化するよう付嘱されたことから、罪を滅し善に導く役割をおっていらっしゃるのだそうです。
お地蔵さまの信仰が盛んになりますと、六体のお地蔵さまが並んで安置されるようになり、そのお地蔵さまに赤い前掛けや頭巾をかぶせたりするようになってまいりました。
六体のお地蔵さまはそれぞれに、檀侘地蔵は地獄道を、宝珠地蔵は餓鬼道を、宝印地蔵は畜生道を、持地地蔵は修羅道を、除蓋障地蔵は人道を、日光地蔵は天道をお導きになるとのことです。六道それぞれに自在な姿をおとりになられる。また、賽の河原にも現れ幼い子供たちをお護りなるともされております。
こういった信仰のもとになった所依の経典はもちろんあるのですが、これは割愛。
民間に広くいきわたった信仰というものは、必ずしも経典の説くそのままではないし、実際には説かれていないことも流布されているからです。
お地蔵さまの赤い前掛け、赤い頭巾、これらもその一つでしょう。
もとは夭逝した母を思う幼子が母のためお地蔵さまにすがって救いを求めたことが、いつからか逆に幼くして亡くなったわが子の加護を願うようになってきた、そのことからのようです。
お地蔵さまをわが子の身としてその供養を受けてくださるよう、お地蔵さまへのご供養がそのままわが子へ届きますようにと願いをこめたものでありましょう。お地蔵さまの小さな石像は、今でも各家の墓所に散見せられ、その像には〇〇童子、童女、あるいは孩子や嬰子などといった戒名が彫られております。こうした思いは経典のあるなしや時代にかかわることではないので、いつの時代でも心を尽くしてご供養をし、またお地蔵さまのご加護にすがった心情がうかがえます。
さて、当龍泉寺のお地蔵さまはいつもきれいな前掛けと頭巾を身につけておいでです。これは地域の方々がいつの間にか新しいものにかえてくださるからで、日にあせた前掛けや頭巾が、真っ赤な新品にかわっているのですぐにわかります。
いつも手縫いの新品にかえてくださっている方のひとり、佐々木富子さん。たまたまお寺に来られましたのでお地蔵さまと一緒に写真を撮らせていただきました。
また、埼玉県の吉田良子さんからは、毎年、手縫いの前掛けと頭巾をお地蔵さまのためにと送っていただいております。
お寺の入り口ですから、お盆やお彼岸、お寺やお墓にお参りの際、よく家族みんなでお地蔵さまに手をあわせる姿がみられます。
お地蔵さまがどんな菩薩さまなのか、どのようにわたくしたちと関わっているのか、たとえそのようなことがわからなくても、そのお姿からお地蔵さまがどんな仏さまなのかを何となく感じる。そしてその慈悲を願い加護を願い手をあわせる。
こういう自然な姿こそを、わたくしたちは大切にしていかなくてはなりませんね。